大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和58年(わ)3201号 判決

主文

被告人を懲役六年及び罰金二〇万円に処する。

未決勾留日数中九〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二、五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるビニール袋二枚入り覚せい剤四一袋、覚せい剤一袋及び缶入り覚せい剤水溶液三八〇ミリリットル一缶を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、リベリア船籍の貸物船錦春号に船員として乗組んでいたが、覚せい剤を中華民国から本邦に密輸入して利益を得ようと企て、営利の目的で昭和五八年六月六日ころ、同国台湾省高雄港を出港した同船の機関部作業室内等にフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約七、二〇八・八グラムを隠匿し、同月一〇日大阪市住之江区北加賀屋四丁目一番五五号名村重機船渠株式会社第一船渠に到着した際、船内通関のため同船船長を通じ税関職員に提出すべき乗組員携帯品申告書に陸揚輸入携帯品として右覚せい剤を申告せず、そのままこれを同船から陸揚げして本邦に覚せい剤を輸入し、かつ、偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税二三二万四、七二〇円を免れようとしたが、同日午後一時四〇分ころ税関職員に右覚せい剤を発見されたため、いずれもその目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、営利目的の覚せい剤輸入未遂の点は覚せい剤取締法四一条三項、二項、一項一号、一三条に、関税逋脱未遂の点は関税法一一〇条三項後段、一項一号に各該当するが、右は覚せい剤の密輸入を目的とした社会的見解上一個の行為と解され、その行為が二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い営利目的による覚せい剤輸入未遂罪の刑で処断することとし、情状により所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を選択し、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役六年及び罰金二〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右懲役刑に算入し、右の罰金を完納することができないときは同法一八条により金二、五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収してあるビニール袋二枚入り覚せい剤四一袋、覚せい剤一袋及び缶入り覚せい剤水溶液三八〇ミリリットル一缶は関税逋脱未遂罪にかかる犯罪貸物であるから関税法一一八条一項本文によりこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(争点についての判断)

一  検察官は本件覚せい剤輸入の公訴事実について、被告人が覚せい剤を隠匿所持していた錦春号はすでに本邦のドック内に到着し、しかもドックの水抜きも完了していてドック作業員が船内に自由に立ち入ることができたうえ本件覚せい剤は紙袋二袋に分けられて直ちに持ち出せる状態となっており、さらに被告人自身右覚せい剤の荷受人と連絡をとるなどいつでも船外に持ち出し陸揚げ可能の状態にあったから本件覚せい剤の輸入罪は既遂に達している旨主張し、弁護人は、本件において被告人は未だ本件覚せい剤を陸揚げしていないし、陸揚げ行為にも着手していないから本件覚せい剤の輸入罪及び関税逋脱罪はいずれも予備の段階にとどまる旨主張するので検討する。

まず覚せい剤の輸入についてみるに、関係各証拠によると本件覚せい剤は判示のとおり陸揚げ前に錦春号の船内において税関職員によって発見されたものであることが認められるが、さらに同証拠によれば次の事実が認められる。すなわち、(一)被告人は台湾在住者から本件覚せい剤(ビニール袋入り四二袋)を本邦内の中村某に手渡すよう依頼され錦春号の自室に持ち込んで高雄港を出港したものの、大阪港外に到着する同月九日の午前中に同港に到着した際税関職員から発見されないようにするため右覚せい剤を同船機関部作業室内の部品棚等に移して隠匿したが、それまでに依頼者の指示どおり中村某に手渡すべく右覚せい剤の包装を解いて二枚の紙袋にそれぞれ二四袋と一八袋とに分けて入れるなどあらかじめ陸揚げの準備をしていたこと、(二)錦春号は同月一〇日午前九時ころ定期検査のため名村重機船渠株式会社第一船渠(ドライドック)内に到着し、直ちにタラップがかけられ、乗船して来た同会社従業員等によって整備が開始されるとともに、同日午前一一時ころには右ドック内の水は完全に抜かれるに至っていたこと、(三)被告人は本件覚せい剤を中村某に引渡すため同日正午過ぎころ下船し、依頼者の指示どおり中村某の宿泊するホテルに電話をかけたが、同人が不在で連絡がとれず、夕食後再び下船し連絡をするつもりでいたこと、(四)間もなく同日午後一時四〇分ころ、判示のとおり税関職員により、前記隠匿場所で本件覚せい剤が発見されるに至ったこと、が認められる。

ところで、船舶による覚せい剤輸入罪の既遂時期は、覚せい剤を船舶から陸揚げすることによって既遂に達するものと解するのが相当であるところ、本件ではたまたま被告人乗船の船舶はドック入りした後ドック内の水が抜かれて陸上に乗り上げた状態になっていたとはいえ、被告人が輸入すべく船内に隠匿していた本件覚せい剤はそのままの状態に置かれ未だ同船から搬出陸揚げされていないのであるから、覚せい剤輸入罪の既遂に達したものとみることはできない。しかしながら、前認定のとおり本件では税関職員によって本件覚せい剤が発見されるまでに、被告人自身事実上船内外へ自由に出入りできる状態にあったうえ、本件覚せい剤もいつでも直ちに陸揚げして中村某に手渡せるよう荷分けし紙袋に入れた状態に置かれていたのであるから、被告人自身下船して中村某に連絡をとるため同人に電話をかける行為に及んでいる以上、その時点で本件覚せい剤の輸入は実行行為に接着する行為の遂行に入ったものであり、すでに予備の段階を超え右輸入の実行に着手したものと解するのが相当である。

次に本件関税逋脱罪についてみると、本件では判示のとおり本件覚せい剤が税関職員によって発見されるまでの間に、すでに被告人が船内通関手続をとるため乗船していた錦春号の船長を通じ同船に赴いた税関職員に乗組員携帯品申告書を提出するに際し、陸揚輸入携帯品として本件覚せい剤の申告をしていなかったのであるから、その段階で関税逋脱罪の実行の着手があることは明らかである。

(量刑の理由)

本件は、被告人が我国においては覚せい剤の輸入に対し厳しい取締りをしており、発見されれば重く処罰されることを知りながら、多額の利益を得るために船員であることに乗じ密輸入をはかった事犯であって、その罪質、動機、態様、ことに税関検査の機会の少いドック入りの空船を利用するなど計画的であり、取扱数量も七キログラムを超える多量に及ぶ大胆不敵な犯行であることなどに徴すると、犯情は悪質でその刑責は重いといわなければならないから、本件で被告人は単なる謝礼金目当ての運び屋の役を担当したにすぎないこと、本件覚せい剤は陸揚げ行為完了前にその全部が発見押収され、幸い以後の国内流通を免れていること、被告人はこれまで本国においてもさしたる前科前歴は有しないこと、被告人は現在深く反省悔悟し、被告人の妻子も被告人の身を案じ一日も早い帰国を待っていることなど被告人のためにくむべき一切の事情を十分斟酌しても、主文掲記の量刑はやむをえないところと認める。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田敬二郎 裁判官 荒井純哉 河野清孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例